その十 満濃池

瀬戸内海に面する地方は、中国山脈と四国山脈にはさまれて、気温は温暖ですが雨が少ないという特徴をもっています。従って、日照りに備えてのため池が各地にあります。
お大師さまの時代も農民の苦しみは同じです。打ち続く日照りに讃岐国の人々は調停に大きなため池をつくることを願い出ました。朝廷は都から役人を派遣して、地方の役所と協力してため池を作る工事を始めました。しかし、長い日照りに人々は疲れており工事はなかなか進みません。たまりかねて人々は、再び朝廷に願い出たのでした。
「空海上人さまに来てもらってください。讃岐のものは上人さまを父とも思い母とも慕っておりますので、上人さまが工事の長になってくだされば、人々はこぞって協力するでしょう」と。
讃岐の人々のたっての願いによって、お大師さまはこの大きなため池をつくることに携わることになりました。人々の喜びは大変なものでした。老若男女がこぞって一個の石、一本の木を運びあってこの工事に参加しました。
そして、それまで何年もかかって完成できなかった工事がわずか四十五日間で完成したのです。無論、この工事のために、お大師さまが唐で学ばれた最新の土木工事の知識が充分に生かされたということはいうまでもありません。
このため池は、満濃池とよばれ、今も多くの田畑を潤しています。お大師さまは、この満濃池のほかにも大和国の益田池の工事にも携わられ、力を奮われました。

   

写真  満濃池

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